【再感想】少女☆歌劇 レヴュースタァライト

感想の再生産

1ヶ月ほど前にスタァライトの初見雑感を書きました。

その後、キラめきを忘れられず劇場に5回足を運びました。追加舞台挨拶に行きました。パンフレットを手に入れました。インタビューを読みました。舞台を観ました。オーバーチュアを読みました。感性が変わるくらいの衝撃体験でした。

そしてこの作品、何回観てもその度に感想が再生産されていくのです。ということで、1ヶ月でアップデートされ、より鮮明になった感想を書いていきます。

 

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やさしいのがすごい

僕はスタァライトを令和のエヴァンゲリオンなんじゃないかということをいろんな人に言っています。じゃあエヴァとどこが違って、どこが令和要素なのか、それは「やさしさ」です。

 

スタァライトエヴァンゲリオン

まず無限に言われてそうな、スタァライトエヴァンゲリオンの親子関係について。スタァライトの面白さって、エヴァの面白さに似てると思うんですよね。というか、もろに影響を受けていて、EDのFly Me to the Starなんて誰でも分かるエヴァ要素ですよね。以下のインタビューでは、古川監督が初めて意識した人物が庵野監督であると語っています。

このエヴァ遺伝子、なかなか言語化するのが難しいのですが、要素としてはこんな感じかなあと。

  • メタ要素
  • 軸のあるテーマ
  • キャラクターの解像度の高さ

 

 

エヴァなのにやさしい

一方で、スタァライトエヴァにはない「やさしさ」を持っている。エヴァみたいな説教はないし、オタクを悪者にはしない。

 

まず、テーマがやさしい。僕はスタァライトのテーマは「再生産」だと思っています。過去を否定することなく、燃料として燃やすことで新たに生まれ変わることが出来る、というあまりに前向きなテーマ。選ばなかった過去すらも糧にして、前へ進むことは儚く、尊く、美しい。先が見えなくて不安になるのは眩しいからだというメッセージ。再生讃美曲。こんなに前向きなことありますか?

それから、画面の前のオタクにやさしい。スタァライトにおけるオタクといえば、TV版終盤でキリンがこっちを向いて我々を観客として認識するシーン、所謂「第四の壁」の演出。こういうの大好きなんですが、大体扱われるのはオタクの気持ち悪さみたいなのがあって、どうしようもない、胸糞悪いのばっかなんですよね。最初はスタァライトもその類だと思っていました。ひかりが償う罪は一体誰に、何に対しての罪だったのかについて、終盤キリンがこっちを向いた時、なるほど「オタクが望むから、欲しがるからこの罪が生まれてしまうのか...」、僕が悪いのか...と納得していました。

ところが、映画を観るとこの印象がガラッと変わるんですよ。舞台少女のキラめきがあまりにも美しいせいで我々は燃え尽き、その燃えカスであるトマトという燃料を糧に舞台少女は舞台に立つ。舞台少女が自身を再生産するのと同じように我々オタクも舞台少女の熱で自身を再生産することが出来る。🦒「ああ...私にも与えられた役があったのですね...」これは共犯関係であると監督は以下のインタビューでも語っていました。

私たちがまだ見ぬ舞台を望んでしまうのは少女たちのキラめきがあまりにも美しすぎるからなのです。こんなやさしいことありますか?

これは勝手な印象なのですが、僕の世代からすると昔のアニメの作り手は、職人気質が強いと感じています。昔の作品は言うなれば「めちゃくちゃ腕のいい頑固おやじの握る寿司」でしょうか。俺の考えた一番うまいものを食え、嫌なら食うなといった感じ。エヴァもお客さんを突き放して、試すような作品であると思います。スタァライトも一見そうなのですが、実はどの作品よりもおもいやりのある作品だと思います。

 

ラブライブ!のやさしさ

そして、スタァライトのやさしさはお姉さんにあたるラブライブにもルーツがあると思っています。ブシロードによるプロデュースで声優を前面に押し出したコンテンツというのと、キャリー役に三森さんを起用しているあたりに縁を感じます。

で、ラブライブシリーズはキャラクターを大事にしていて、どのキャラクターにも平等にエピソードがあるし、とにかくストーリーがポジティブなんですよね。キャラクターが必要以上に悲しむことは無いし、不幸になることもない。何故なら、キャラクターがメインのコンテンツだから。このやさしさをスタァライトにも感じています。

意図的にやっているのが2話の純那ちゃん回。純那ちゃんが倒れるシーンでは不穏な空気が流れますが、最終的に何もないのはレヴューで負けても代償はないよという説明だと思います。最初はバチバチだった純那ちゃんが最終的に仲良しになるのも、この作品は誰も悲しまないから安心して観てくれ、というメッセージ。

他にも、監督がどこかのインタビュー(探しても見つからなかった、何かの書籍かも?)で言っていたんですが、終盤の展開について、華恋とひかりを離れ離れにしたままだとキャラクター達がかわいそうなので2話でまとめたらしいです。無駄に長引かせても視聴者を不安にするだけだと。キャラクターが辛いと視聴者が辛い、ということを考えている監督、やさしいですよね...

 

 

闇を持たないのに芯の通ったやさしく明るいテーマ、これがスタァライトの凄いところだと思いました。ところで、メタ要素に関して初見感想と真逆のこと言ってるのが面白いですね...

 

 

おまけ:シン・エヴァスタァライト

 

これは余談なんですが、シン・エヴァと劇場版スタァライトってすごい似てると思いません?あんなに難しかったエヴァンゲリオンがこんなに簡単で、快楽的になったし、キャラクター達の作品からの開放という前向きなテーマになったんですよ。これはもうやさしいエヴァンゲリオンでは...?しかも作品からの卒業とキャラクター達の無限の可能性を示した終わり方、完全に一致しますよね。実質親子のレヴュー

で、シン・エヴァと劇場版スタァライトは同時期に公開されていて(僕はリアルタイムでスタァライトを観ていないので空気感を知らない、悔しい)、古川監督は作り終わってからシン・エヴァを観たらしいです。これ、すごくないですか?こんなにきれいに一致すると、偶然ではないと思えてしまう。難しいから分かりやすいで出来たのがシン・エヴァで、やさしいから難しいに近付けたのがスタァライトで、最終的に似たものになった、のかなあと勝手に思っています。